2010年07月30日

iced coffee

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欧米諸国ではアイスコーヒーはあまりメニューに無い。
日本独自というわけでもないが、食文化として「コーヒーはホットで楽しむ」という概念が優勢なんだと思う。
ホットコーヒーと比べたとき、アイスコーヒーの欠点をあえてあげるとすれば香りたつ『アロマの不在』だろう。(その代わり口に含んで飲み込そのときに閉じ込められた香りがフレーバーとして、後味として響くのだが、、)
香りによるリラクゼーションや覚醒は重層的で、複合的であったほうが満足感が深いし、それはコーヒーを挽き、点てる時に広がる香りの魅力でもある。
アイスコーヒーは「エネルギーを使い冷して香りを閉じ込めた」文明のなせる発展系の加工(一手間)コーヒーなのだ。

「冷たい飲み物」はそもそも『氷が無ければ出来ない』のだが、これほどまで国内にあまねく冷凍設備が行き渡った、高度経済成長の日本が手にした「快適」は電気=石油の大量消費チームの仲間入りを果たした事に拠り、それを享受し続ける『永続の幻想』に沸いた事が最大の原因のような気もする。

魔法のような飲み物、魔法のようなサービス。


さて、理屈はどうあれ、夏はアイスコーヒーが美味しい。
特に湿度が高い程に、そのきりっと引き締まったフレーバーとのど越し、、
尿や発汗により体内からナトリウムを排出する際に失われるカリウムを程よく補給してくれ、砂糖を使わずとも多少体温を下げてくれる。
「体が求める味」という理屈じゃない真実は強い。

とのたまいながら、結局夏でもホットを飲みまくる僕。


水出しのコーヒーの魅力もまた深いものがあるが、お湯と重力で浸透抽出する「ドリップ」の奥行きは愉しい。アナログなんだろうな。


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白いズッキーニは「カスタードホワイト」という品種。ピクルス用のキュウリと並んで大変使い勝手がよく、美味しい。マイクロミニトマトは綺麗。宝石のように。小さいくせに味はなつかしのトマトを思わせる酸味と香り。
固めの皮に好みが分かれるか。

グリーンカーテンは今年もなんとか屋根を上ろうとつるを伸ばし続ける。
千成ひょうたんはちゃんと受粉させないと千成しない。。。葉っぱは涼しげだし、雰囲気がいいのに未だ一株にひとつか二つ。植木鉢も小さかったけど、堆肥がいい仕事をしてくれているみたい。
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2010年07月05日

ちいさなせかい

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きゅうりにズッキーニ、カボチャにトマト、ナス、ピーマン、、
マルハナバチにミツバチ、花アブの仲間、、てんとう虫、スズメバチに他の幼虫に寄生卵を生みつける蜂たち、カミキリ虫に、ウリバエ、紋白蝶に、蛇の目蝶、カメムシにバッタ、蛾の仲間たち、クワガタ虫に、ごみ虫の仲間、ガガンボにカ、小バエにブユ、しらみに団子虫にゲジ、ムカデ。。さまざまな蜘蛛たち。
いずれもが目に見えない小さな営みの連鎖にあり、
無駄なものは一つも無い。

土を起こし種を蒔き作物を植え付ける人間にとっては、大事な作物を荒らす「害虫」だって「雑草」という呼び方と同様に人間の都合だけで勝手に区別(差別)しているだけである。



子供たちと雨上がりの農道を、獣道のような柳田のあぜ道を歩く。
それは農地と山の境界線でもあり、人為的なものと自然との境界でもある。
もちろんハッキリした線は見えず、自然がぐいぐいとあちこちに入り込んできているが、それを食い止めて人が耕作している様子に素晴らしいコントラストがある。
「共存」の現象である。


以前田んぼから、レンコン田になり、そのあと畑にしようかと溝きりしてある箇所がある。レンコンはお米とは違い養分の高い土(泥)を好む上に、年中水が入っている。
その端っこにまだ水が抜けないぬかるみがあり、繁殖した藻と底の泥、水生植物によってちいさな「沼」になっている。
そこは用水の流れ道でもあり、山から養分を含んだ水が流れ込み、出て行っている。

網をひとすくい。
かえるも数種類、そしてサンショウウオ。
田んぼの近くのせせらぎには沢蟹や朽ちた流木や葉っぱの堆積物に潜む豊年エビ。夜にはちらほらと瞬くヒメホタルたち。

生物の多様性の中でも、昆虫の多様性が出来上がり深まるのにはとても長い年月がかかるという。
「植生遷移」という言葉と同じく「生物層の遷移」もとてもデリケートで年月を要するものなのだ。

えらそうに言う割りに知ったかぶりで、詳しくないのが恥ずかしいけれど、ここに、そのいきものの環の中に自分たちもいる。それを感じられる事が素晴らしく誇らしい。

、、害虫はつまんでは殺してしまう。。
心は痛むし、際限もなく、考え出すと泥沼にはまる様な悩ましい問題でもある。
が、百姓が許される殺生の範囲を識り、グロテスクでも、残酷でもない「あっさりした駆除」を心がけている。
その昔、それが出来ず野菜の足元に放り投げたおおきな青虫が、程なく同じ野菜に登り葉を食べることを再開するのを見た。
すべてがそうでは無いはずだが、一時の偽善の心から、殺生からの回避から、結局その生物のいのちを只乱し、そんな意思は無くとも、猫やシャチが食べる必要のない小動物をいたぶるが如き、「智慧による残酷性」を帯びるのではないか?
そう思い、一思いにつぶしてしまうようになった。
気持ち悪いという考えも、その死骸をありがたそうに運ぶアリ達の様子や、朽ちて土に埋もれ、土に還る様子を見ていると、程よく流れて消えていった。

其の悩みと収穫への欲望、いずれにせよ、何かが大量発生するような事は無いので、野菜が収穫出来ないことは無い。

無神経で無慈悲なのだろうと思う。
けれども、一網打尽にクスリを蒔いたり、消毒をするようなことはしまい。

それは、自分が必要とするこの慎ましくもお粗末な畑の範囲だけ、偉大なる生態系を邪魔してはいけないと考えるから。
そして、出荷したり、資金回収が主目的ではない「自給の場」だから。
ここに生かしてもらえるのは自分のコーヒーの技術と僅かな耕地活用と、この町の自然と人々の営みが合致しているから。
そのために発生する無限のような「野良の営み(草刈や害虫駆除)」は時給計算出来ない、するつもりも、必要も無い事。

なぜならば、人間が勝手に作った経済とは別次元の労働と無限の対価を頂いているから。
言葉では伝わらない「現実の息を呑むような美しさ」が。



今年も当然無農薬だが、特に夏に負けてしまう果菜類には緩効性で有機質養分を含む化成肥料を少し補っている。
しかし、それもカットして、ポリマルチを敷いて地温向上を図って堆肥を段階的に施しながら7年目のズッキーニに挑戦している。

今の所順調。寒春の悪影響は収穫期が一週間程遅れた位か。
長雨も無く木の痛みも無い。
心配で早く堀りあげたジャガイモは、品種によってはまだ小さかったけど、畑にもう少し残しておいた。

余裕を持って農作業をできるのはいい事だけど、
外出も、ごろごろうだうだしてる時間もほとんど無い。
「農」が中心にある生活とはこういうものなんだろうけど、
家族にはなんだか申し訳ない。。

少しづつ出来るようになってはいる。
町の人の助けを殆ど得なくても、一年の野菜を作ることを。
後数年かけて、お米も一から十まで出来るように。
そして、それらをスマートにこなし、時間を作れるように、がんばりたい。


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『夏野菜のカレー(カルダモンチキンベース)』を始めました。
なす、ズッキーニを中心に8月までは続けられると思います。
仕込みは毎日ではありませんので、「是非に」と言っていただけるお客様はお電話ください。

あ、それから、茂久葉農場さんのゴーダチーズをつかった
『トマトチーズサンド』も不定期ですが暫くご用意できる日があります。

あ、あ!コーヒーには『アイスコーヒー』に加えてアイスの『カフェラッテ』『カフェカプチーノ』も作ってマス。

ご来店心よりお待ちしております!!!

店主 

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2010年02月20日

蒸気圧

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エスプレッソマシンは蒸気圧でコーヒーを抽出するものだが、自然の重力と浸透圧で抽出するドリップ式とは同じコーヒーを使っても随分違う風味になる。
御陵山ブレンドは焙煎度合としてはエスプレッソ向きではあるものの、ドリップでは出る筈の奥行きが今ひとつ納得できない。
加えて、修行時代に仕事で使わせていただいていた業務用のマシンはタンク容量も多く連続で作り続けても蒸気圧を一定に保てるようなハイクラスのものだったので、今所有している家庭用の延長のような小さなマシンでは良い味は出ないだろう、、と思い込んでいた。

バリスタチャンピオンシップにエントリーさせていただいた時も、当時の最高級クラスのマシンに触れる機会を得られたものの、当然使いこなせるわけも無く情けなく悔しい思いをした。(予選にかかりもせず。。)

とはいえ、そういう良い機会に長く触れられた事がいわゆる「感」を育ててくれたのは間違いない。

今所持しているマシンで、小規模の自家焙煎で表現できる最良のものに納得できるものに近づきたくて、ぽつりぽつりと試作を繰り返してきた。
そして、ようやく自分が考えるようなエスプレッソの味わいが出せるブレンドと粉の粒度(挽き目)に近づけて、いわゆる「神音のドリップコーヒー」に相対する「神音のエスプレッソ」をメニューに新しく加えた。


、、、しかしやっぱり機械は小さい。。処理能力が小さくて連続使用できず、スチーマーと併用すると数杯のオーダーで味が乱れてしまう。。
今日は土曜日でお客様が多い日だったが、カフェラッテにカプチーノ、エスプレッソ、、と連続して不安の残るサーブになってしまった。。

それでは、良い機械を導入しようじゃないか!
。。。というのが出来る経営者の姿かも知れないけれど、パンやケーキを焼くオーブンが小さいのにそれより先に(高価な)エスプレッソマシン??それより焙煎機じゃないのか!???
という「欲」がふくらみ過ぎて手に負えなくなる自分が目に見える。。

小さな焙煎機でこまめに焙煎。
作り置きなしのフレッシュなスイーツ。
丁寧に作って量産しないパン。

それらは神音の今までの「礎」でもある。

そしてなにより、エスプレッソのような濃厚なドリンクメニューは、クリーム分が高いようなリッチなケーキや薫り高いタブレットチョコなんかには良く合うものの、繊細でソフトな味わいには勝りすぎる。
そしてお恥ずかしながら自分でも混乱するのが、エスプレッソのテイスティングをするとドリップコーヒーがひたすら薄く感じてしまい、繊細な味わいを取り落としてしまう怖さが生まれる事である。

そんなわけで、せっかく登場したエスプレッソメニューだが、神音の基本を守って「隠れた味わい」にとどめ、あくまでドリップコーヒーを主役の座に、人に例えれば「長男の扱い」でねんごろに行きたいと思う。
もちろん「次男の可愛げ」エスプレッソも宜しくお願いしたい所だが。

同じコーヒーだが、ドリップとエスプレッソは似て非なるもの、また、コーヒーというものの「味わいの幅」を感じさせてくれる好対照とも感じる。

カプチーノ.jpg炭火遠景.jpg炭火.jpg

ストーブは華がある。洋風な美であるのに対して、囲炉裏の日はあくまで『和』。マキシマムに対するミニマムか。
しかし、くべる炭の形や燃え方で随分シャープでギラギラした表情をする事もある。夏の陽を直に仰ぎ見たような明るさは、ストーブに無いものがある。

posted by 農夫見習いパパ at 22:20| Comment(2) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

麹味噌

菅池町のおかあさんと共同で今年も麹味噌を仕込んだ。
材料は近所で育った大豆と北海道の大豆、能登の粗塩と食塩、自家米から麹屋さんにふかしてもらった白麹。
このあたりでも「寒の水を使って味噌を仕込むと失敗しない」との言い伝えからこの時期に仕込む人は多い。(実際はまだ寒に入っていないけれどwちょいフライング。)

昔ながらの製法と、昔ながらの杉桶と瓶で最低1年は寝かせる「田舎味噌」寝かせる程に芳醇な香りとまろやかで深いコクを持った味噌に仕上がってゆく。じっくり熟成するまさに「生きた味噌」。

こんな味噌は最近ではどこにも無くなって来た。
味噌仕込みは重労働に加え、良い材料にこだわるとコストも跳ね上がってしまう。
核家族化、外食増加傾向でお米消費と同じく味噌も一家族あたりの消費量が低下しているのは間違いない。


生味噌はデリケート(酵母は生き物)なので保存食品だけれど販売するとなると気を使う。有用微生物としてカビ菌を食べる事はブルーチーズはスーパーに並ぶのに、味噌のカビは敬遠される。。
乳酸菌の具合、種類、お漬物しかり。
農家の自家製はパーソナルな菌環境と嗜好を反映するので、化学的に平均値に慣らされた現代人の味覚(知覚)にはピンとこないかも知れない。
これは物流とサービス業全般の肥大に歪に対応してきた保険衛生の役所対応の弊害なのかも知れない。


戦後の牛乳信仰のように、日本人のカラダにそもそも備わる酵素抗体を無視した「データ」的食生活の蔓延。
そこに人間の生き物としての『食』の風景から感性を鈍らせ、まるで鶏舎のブロイラーのごとき「与えられた良品」に汚染され鵜呑みにする消費者の無責任な姿がある。

粗雑なものを良しとし(または「安全という文字」を妄信し)たのは自分であるのにそのくせ、『だまされた!』『毒を盛られた!!』と偽造を騒ぐというのはどこかエゴイスティックではないか。。

なぜ疑わないのか。そして疑ってもそれは拒絶するという事とはイコールでは無いのに、角が立つのを嫌うのは日本人だからか?
結果の逆切れのような感じがして、なんだか決まりが悪い、、
「危ないかも」と思いつつ摂取していた人は「やっぱり。。」とショックを受けるかもしれないが、たとえばその食品の成り立ちが理解できるひとならば、そもそもその値段でその商品が流通しているということはどういうリスクがひそむのか推察できるようにも思えるけれど、
それは偏った考えだろうか?

見えないものを疑うのは生物としての人間の自然な姿だと思うけれど、
衣食住、その成り立ちを知ろうとしたり想像したりするという感性そのものの育ちを人生のどこかで機会損失してしまうという、社会の教育力低下が背景にあるのかもしれない。職業、職能や仕事と生活全般に対しても「生活」の根底を固めてかつ潤す「感性」その一部に食がある。

話はいつもながらずれまくるけれど、そう思うので世の「食育」という言葉自体のそもそもの偏りを感じて僕は疑問。「感性育」ならわかるけど。
「派遣村」に感じる違和感は「果たして本当に助けるべきはその人たちか?」という事。



現在流通し最も多く消費される味噌は、科学的にサラダ油を製造する副産物の「脱脂大豆」と足りない旨みと減塩によるインパクト低下を補い添加する「アミノ酸」。そして保存料など。安いしょうゆの表示を見てみるとこれも実によく似ている。
量産し、販売して利益を生もうとすれば仕方が無いだろう。
おいしいマーガリンと同じエンプティーフードのお仲間だ。
丸大豆味噌でさえ醸造時間の短縮のため旨みを引き出せず化学調味料(あるいは最近流行の「たんぱく加水分解物or○○エキス」)を添加していたり。

何より、製造の立場にいるとそもそもの「食品表示」ということ自体の曖昧さがすべての流通食品の闇を作っている事を確信している。
一括表示、キャリーオーバー(一次加工時に添加した添加物も二次加工字に有効でない場合は表示する必要が無い)、)有効って何??
多分化学的に保存などの効果が「保障されないレベル」って事だろうけれど。
食品それぞれに基準やポイントがまちまち、抜け道だらけ。

食品の最終加工者(いわゆるその出来上がった食品の製造者)すら知らない二重三重の加工段階が存在し、さらに遡った農産物の産地に何があるのか、、
見抜けない、見過ごす。そんな加工者の「良心」を信じる。その危険。


これらは本来の食品とは似てまったく非なるもの也。
僕にとっては「流通」という距離こそすべて疑いの対象。

真っ暗闇に近い「コーヒー」を扱う店主のジレンマ。

エチオピア系流通のコーヒーの残留検疫のその後の情報。

確かに零細農園の多い地域では様々な農薬の種類や使用基準値の徹底や教育は不徹底。それは高齢化した日本の農村でも同じ事。
果実表皮に添着した農薬が収穫時の袋や籠に付着>貧しい農家が収穫精製(乾燥脱穀)後再びその袋や籠をリユースし、種子であるコーヒーを入れる。付着>流通>超厳しい基準値に引っ掛かりアウト。という可能性。

そもそも世界に名だたる大産地で、良質な豆を大量に産出していて無農薬とは思わないし、有機栽培の銘柄では無い。

日本でコーヒーという農産物に設定された農薬の残留値(ppm)は他の野菜などの基準値よりさらに厳しく、世界基の平均準値よりゼロひとつ多い厳しさ。生食は先ずありえず、高温での焙煎という加工と、抽出という工程で最終的な1杯のコーヒーからは検出さえ出来ない値だという。
にもかかわずなぜそのような不適確な値を設定してあるのだろうか??

お役所仕事のなせる技か、はたまた外資・外国益・外国企業の陰謀かw。



ああ、なんという駄文、、まさに冗長で自分でうんざり。。。
読んでくだすった方ごめんなさい、、、

豆のおいしい話を書こうと思ったのに(涙。


今、家族の食卓と神音カフェのメニュー「地豆と挽肉のカレー」に使われる味噌は一昨年のこの時期に仕込んだもの。
上質のワインや日本酒に通づるようなフルーティーで華やいだ香りと大豆と麹が引き出す心地よい甘み。
それこそお出汁を上手に取れなくともお味噌と野菜の旨みだけで上等のお汁が出来上がる。味噌酵母がすばらしい働きをして凝縮された天然のアミノ産たっぷり発酵調味料。

おかあさんはこのお味噌を使ってこれまたすべて手作りで、にんにく(もちろん自給、時種)味噌などの絶品風味味噌(当然人気商品!!)を神子の里に出品しておられるので仕込みの量は半端ではない。

大人の男性が余裕でしゃがんで入れる程の杉桶(もちろん年季モノはもちろん。その昔お父さんの親類が腕のいい桶の職人さんの作)2つと焼き物の瓶。。
それを一杯にする味噌の仕込みはまる1日仕事。

今まではお父さんとお母さん二人でやってきてたが去年より僕も参戦。
今年は妻も参戦。はかどるはかどる。僕も体が覚えてきていてすべての大豆と麹の併せ具合も温度管理もムラ無く出来て満足!

一年後のお楽しみ。


手前味噌などと言ってお袋の味と同じく「ぐっと感性に踏み込む味」は人によって違うし、自分のうちの味噌が結局一番という感覚は良くわかるが、このお味噌ばっかりはどこへ出しても必ず高評をいただけること請け合いだと思う。残念ながら味噌そのものは保健所の「味噌製造業」の許認可が無い為販売できないが、過熱加工(調理)されている「風味味噌」は惣菜として販売中。。とお世話になってるので宣伝もしてみる。

posted by 農夫見習いパパ at 00:43| Comment(9) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

果実のお菓子

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『林檎とカスタードクリームのタルト』
りんごにはカスタードクリームがよくあう。りんごを煮るのと、クリームの甘みには甜菜糖を使ってヘルシーな仕上がり。


林檎は年中出回っていてもやっぱりこの季節!能登でもおいしい林檎が育てられているので是非それも使ってみたいのだけれど、洋菓子によくあうのは「紅玉」加熱加工でも酸味が飛ばず、香りもいい。洋梨も美味しいのでタルトにしてみた。
季節のいちばんの味わいをいろんなバリエーションで楽しめるようにとにかくたくさんのレシピを試してみたい!もちろん。コーヒーとかパンとの相性も探って、、

ringotalthall.1.jpgringotaltcut.jpgringopound.jpg

写真左
『ラフランスのタルト』
ジューシーでしっとりした歯触りの洋梨は焼菓子にもピッタリ!甘さも程よく仕上がった。

写真中
『紅玉のタルト』
トップの写真とは違うバージョン。シンプルなリンゴタルト。酸味と甘み、香りのバランスが絶妙♪

写真右
『リンゴのリングケーキ』(カット)
アーモンド、胡桃、大きめカットのリンゴを黒糖入りの生地で。香ばしくて、なつかしい感じもするカントリー風ケーキだけど、重くなり過ぎないレシピでリッチな印象に!
posted by 農夫見習いパパ at 07:00| Comment(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

オムレツ2種!!

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写真左
『ほうれんそうのオムレツクリームソース』
ほうれんそうとエリンギのオムレツに、ほうれんそうのクリームソース。
同じ野菜の違う側面を同時に味わう♪コクのあるソースが決め手。
他は畑の野菜の蒸したものにゴママヨドレ

写真右
『きのこのオムレツトマトソース』
玉葱としめじのオムレツに、フレッシュトマトのソース。
シンプル&オーソドックスがやっぱりいい☆生クリームと白ワインで満足感のある味わいに。


オムレツはなにげによく作る。一人暮らしの時にいちばん多く作ったかもしれない。なんか、やさしくて幸せな気分が味わえる。
そしてどちらもカルダモンライス添え。カルダモンの爽やかでスッキリした味わいがクリーミーなオムレツと良く合う。ハーブ入りのパンで合うと思う。
posted by 農夫見習いパパ at 01:09| Comment(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

curry3種!

red curry.jpgcinamontomato.jpgnutscream.1.jpg

写真1
『加賀れんこんと白茄子のレッドカレー(タイ風)』
親の差し入れの冷凍品の中になぜか紛れ込んだ『国産牛切り落とし』普段ウチでは牛肉を買う事が無い為消費に困ってたけど、レンコンにとても良く合う。家庭菜園のコリアンダーやレモングラス、大蒜、白ナス、ししとう唐辛子など、かなり自給率の高いcurry!!
かなり刺激的な辛さなので、辛いのが苦手な人にはお勧めできません、、

写真2
『トマトとシナモンのチキンカレー』シナモンの甘い香りが玉葱の甘さとトマトの酸味をまとめあげる。オーソドックスでまろやかな味わい。玉葱を2段階で使って「フライドオニオン」を使う試み。

写真3
『ナッツクリームチキンカレー』生クリームもヨーグルトも入る事でかなりクリーミーかつカシューナッツの香ばしい風味、ホワイトペッパーが味を引き締める。絶妙也、カソーリメティ(メティ)=スパイス。
チキン+揚げ玉葱+舞茸。



curryの試作ばかりしていると「カレー屋さん?」と聞かれるが、そうではない(汗;
手元にある野菜を生かすメニューを考えた時、とてもオーソドックスな和食や、素材を生かすシンプルなイタリアンも良いが、ベジタリアン大国でもあるインドの主食curryは野菜の魅力とスパイスの奥深い(力強い)バランスを楽しむ多彩な魅力をもった料理であり、パンとコーヒーにも良く合う。
加えて、牛脂や加工油脂、化学調味料を多用して出来上がる日本の『カレー』のイメージを覆したいという想いもある。カレーの味の記憶は殆どの人が濃い味のカレールーによるもので、それ以外のインド風カレーを口にした時に「物足りない」と感じたりするようだ。

食文化の変化の中で(個食、外食、携帯食、、)、この「科学的に作られた味」に親しみ過ぎて繊細な味覚から遠ざかる事は恐ろしい。
手間をかけてバランスを考えた料理は気持ちがゆるやかになっていい。
posted by 農夫見習いパパ at 23:50| Comment(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

秋のタルト

「洋菓子」と言うものは脂肪分(バター)と糖質(砂糖)をたっぷり使用して美味しさを産み出すレシピが多い。というより、歴史があって完成された美味しさというものがある。

マクロビオティックのレシピではどうしても出せない味がある。
それでももちろん追求すべきライフスタイルと言うものがあって、それを優先する人もいるだろう。

僕は歴史や背景を楽しみながら慎んで頂くというスタイルもいいかなと思っている。なぜバターをこれだけ使うのか?少なくても多くてもいけない。その「味」の為には。こんな事を書く程舌の肥えた人間ではけして無いが、「料理」に潜む『知恵の結晶』を感じるのはとても意義深くて、豊かな事だとおもう。

お菓子というものは毎日なくてはならないものではない(少なくとも我が家では)。ということは「贅沢」としての位置付けにSWEETSがあって、日常の良いアクセントになる。
少しでいいから、とても贅沢で、美味しいものを。
そうしてお菓子を作っている。

chocolate talt.jpgkurumi talt.jpg

写真左
自家製チョコレートガナッシュのタルト。
今後入手出来るか怪しいが、カカオの生豆を焙煎し、寝かせ、粉砕後丁寧に摺り細かくし、生クリームと甜菜糖でまとめたチョコレートに胡桃とレーズン。やや深入りになったのかビターで華やかな香りは市販のチョコレートにはない鮮やかさ!

写真右
胡桃のタルト。タルトの王道パートシュクレとアーモンドクリームの生地に胡桃を落としただけのシンプルなタルト。ナッツが美味しい季節に突入!


posted by 農夫見習いパパ at 23:33| Comment(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

curry(試作♪)

pitasand.jpgalmond&koriander.jpg

写真左
ピタにはさむのは、チリコンカン風味噌カレー(激ウマ!)&ツアジキ(ギリシャのヨーグルトソース)がベストマッチ。こってりマイルドなカレーにさっぱり爽やかソースがベストマッチ☆

写真右
「せせり」のアーモンドカレー。せせり独特の歯ごたえとうま味、アーモンドのコクとコリアンダーの爽かさでコクうまさっぱり系☆


ピタはもちろん国産小麦の自家製、野菜とスパイスの一部も家庭菜園から。
ヨーグルトやチーズ、鶏肉などの動物性蛋白質をどうやって手配するか?が今の課題。
マクロビオティックや、粗食の素晴らしさは個人的には強い共感を得ているが、『外食』の要素としてはやっぱり『おいしい!』が無いと。
能書きやエピソードは、それを後ろから支える形で。
当然「土地のもの」を第一に考えたいが、安全性についてや、バランス的にできるかぎりベジタブル主体に、との想いがあるから悩む。
うん。悩み、考え、試しつづけよう。
posted by 農夫見習いパパ at 00:26| Comment(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月04日

コーヒーとパン

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ごく僅かに国産も存在するが、総輸入食品と言っても過言ではない『コーヒー』。チョコレート、砂糖と並び、悪しき奴隷制度の歴史の賜物でありながら、その魅惑の商品力で世界経済で大きな存在感と影響を持つ食品。
一国の経済がそれによって支えられている国さえある。

コーヒーの産国は世界の熱帯地方にちらばり、それぞれの国によってその状況は全て異なる。産地を直接知らず情報も限られている中で断定的な意見は出来ないが、今だ奴隷制の影が濃い産地もあれば、先進的農家が財を成しつつ、さらなる素晴らしいコーヒーを農産しようと努力している所も、外界に関わらず昔ながらの農村生活を基盤にしている所もあるという。。

食の安全についての意識が高まりつつある昨今、コーヒーも当然食品の範疇であり、味のクオリティの高さと共に背景となる生産現場での履歴の公正さも問われるようになっている。消費者団体「世界スペシャルティコーヒー協会」が市場に及ぼす影響は大きく、「品質本意の農産物」への注目は過去最大に盛り上がっているとも言える。

コーヒーの消費量世界屈指の日本も、協会の活動は広く公平であり、長い間暗い「イメージの世界」の飲み物だったコーヒーに光をあて、質の向上に大きく貢献している。
僕も協会認定のコーヒーマイスターの資格を持っている。
食品は背景を深く知る事で、はじめて公正な選択が出来ると僕は考えている。
正体のわからないもの、不安や、どこかの地域にしわ寄せをもたらすようなモノは問題外である。

神音カフェで扱うコーヒーに関して、この点は先ず大前提。世界ではコーヒーのコンテスト(品評会)が盛んであり、協会も認める「高品質」コーヒーは毎年増え続けている。が、その生産背景も重要である。真に「サスティナビリティ」を据えているか?は僕の品選びの最大関心事である。
その追求を個人で行う事は非常に困難であるが、世界規模で取り組む団体もまた増えている。
情報を常に仕入れ、判断をそのつどしながら、追求してゆくつもりだ。

colombia.jpghoshino.jpg

パンについても観点は同じ。食料自給率の向上という名目はあれ、外国産小麦のポストハーヴェストの目に見えない「害」への不安、はたまた市場に溢れる品には流通/品質保持のために用いられる化学物質の恐れもある。
それらの不安要素に全て答えている訳ではないが、国内産、地域産で、生産履歴、流通経歴が掴みやすいもの、生産にあたり「減農薬」や「有機」にこだわる素晴らしい生産者の方々も多い。
製造については技術の問題も大きいが、製造スタッフの意思も意識も高く、今後大いに期待して頂きたい。


その他、取り扱う食品、加工食品についての情報は全てオープンを基本とする。
posted by 農夫見習いパパ at 23:27| Comment(2) | TrackBack(0) | メニュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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