2011年01月13日

ゆきとこおりのせかい

このような分かり難く不便な場所に、不安な中初めて尋ねてくださるお客様、足繁く通って下さる常連様。。本当に有難く、嬉しい。
そうして、お客様と町の家族に支えられ、5年目を迎えられるその事に、本当に奇跡のような、宿命のような深い感動を日々受け取らせて頂いている。。。

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お客様より頂いた手作りのしめ飾り。古代米の稲穂がたわわに、橙の代わりのゆず(香橙)、紅白南天に、それぞれ豊穣と、花言葉の”健康美”、いかなる難をも転ずる(なんてん)が込められ、和とモダンさが上手に合わさった素敵な飾り。おかげさまで良いお正月を迎えられた。
ありがとうございます。


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お客様各位

今年もこの場所で、廻る自然と人の繋がりを一つ一つ大事にしながら、訪れる方の力になれるようなカフェを目指します。どうぞまたこの町に「還ってきて」下さい。いつでもお待ちしております。
                              
神音カフェ 店主


1月13日現在の町内の道の様子。

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市の管理に因る神音へ通じる道路は、頻繁には除雪されていないものの、ある程度溶けています。ただし、気温によっては凍結していますし、側溝が雪に埋もれていて見えない為脱輪の恐れはあります。
ご来店ご予定のお客様はくれぐれもお気をつけになり、ゆっくりお越しくださいますようお願い申し上げます。
なお、お電話いただけましたら、その都度道の状況をお伝えします。(平野部でぼちぼちでも、山間地は酷かったりもします)

『いのちからがら』お越しいただきますと、暖かいストーブの前を「貸切」にできますよ!?
ご来店心よりお待ちしております。


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平野部ではほとんど消えてしまった雪も、山間地の日陰や屋根雪、吹き溜まりにはどんどんと雪が積み重なってゆく。。
カフェ周りは集落の道路に面している為、雪を捨てる場所が無い。駐車スペースに次々流れ出す屋根雪を手作業でせっせと高く積み上げ、平面を確保。4年もやっていれば雪捌きも手馴れてくる。
とはいえ、雪が降るたびにカフェの入り口を「発掘」しないとお店があけられないのはつらい。。
そんな訳で、この冬には今まで作ったことの無かった雪避けを入り口前に設置。
 
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裏手の屋根かに「つらなるつらら」雪間の青空に綺麗に反射して吸い込まれるような美しさ。
子供達の手の届かないところだから、折り取られること無く見事に整列。
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薪のストーブは力強く、家中を、そこへ休む人を、人の間を暖める。
薪一本一本に感謝を込めながら、くべるその時の香りの気持ちの良い事。
時には香木のようなかぐわしい香りを立てる木も混ざっている。
けっして「煙い」「燻り臭い」ということは無く、その香りはまるで体を清めるかのよう。
時々空に飛ぶ灰も、掃除を思えば嫌なものだけど、掃除の機会を与えてくれる事は良いことではないのか。

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さて、真夏に「熱帯夜なんて一日もなかった」この菅池町、厳冬のさなか、店内スペース、住居スペース、すこしづつ進めた『隙間ふさぎ』と断熱。それが功を奏しているのか、はたまた、山暮らしに体がなれ、重ね着が上手になったのか?定かではないが、冷えて冷えて辛いということが無くなってきた。

灯油の消費も多いし、薪はガンガン贅沢にくべているし、エネルギーを使いすぎているなぁ、、とは反省しつつ、この快適さからはなかなか逃げられない。。せめて電気や水の消費を気遣いながら、燃料エネルギー使用を最小限に、効果を最大限に生かせるような、物理的に寒さを防ぐ空間作りをもっと工夫したい。

個人的には、現代工法の機密性の高い空間は確かに「寒い」「暑い」は緩和されるものの、長時間居ると体が「ボケ」てしまって、長期的には抵抗力の低下や運動の低下を招き生きる力が弱まるような「快適さの不自然」を感じる。

雪掻きや薪割りのせいだけではないと思うが、本当に風邪を引かなくなった。
お恥ずかしながら、食生活は乱れまくっているし、運動らしい運動もしていないけれど、抵抗力が上がっている気がする。。あ、でも子供達のリズムを意識しているので、勤め人をしていた昔若かりし頃、子供が一人だった頃は睡眠が乱れてたのに、睡眠の安定感は割りと高い気がする。
ちょっと辛い事はあっても、酷くなる前にリカバー出来る。
これは加齢による経験則なのかも知れないが、自分で自分の体をいたわる事が出来るのは良い事だろう。

子供がわらわらとい居る環境。
生活もなかなか大変だけど、
それを乗り越えられるように人間の体は出来ている。
リズムに逆らえば、全てにおいて負に飲まれる。
自然に生きることは、長期的な視点に立って、自分という『道具』を如何に上手に使いこなすかということを理解し、行動することから生まれるのではなかろうか。

昔の言葉に「分をわきまえよ」というものがあるが、
自分を知らないで、迷走する人は多い。
自分を知らない人を、自分を知らない人が左右する。そんな世の中。
こういう古く封建的な町は、知らないでは済まされない。
知るように、導く力があふれている。

僕はこの土地にへばりついて、子供達に恵まれて、ようやく自分の力の幅というものを知り始めたのかもしれない。


posted by 農夫見習いパパ at 18:39| Comment(2) | 営業のお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
明日からまた強い寒気が訪れて、酷寒の土日となるようです。何をして過ごそうか、あれこれ考えます。それにしても美しい見事な「つらら」ですね。

深く雪に閉ざされても、私達人間は、厳しい自然の中で鍛錬されて、少しずつ精神も体も磨かれてゆくようです。ご家族お揃いで良い新年を迎えられことと存じます。お子さんは大人よりももっとたくましく、生き生きとされていることと想像します(笑)
ありあわせの材料で作ってみた注連飾りでしたが、それぞれのいわれを素敵に注釈して下さり、ありがとうございます。ゆずの花言葉が「健康美」だと初めて知りました。確かにこの清々しいほどの黄色が気持ちをぱあっと明るくさせ、香りたつ風味が高貴で力強い生命力を感じさせますね。

今日偶然に職場の情報公開室でコピ−の順番を待つ間、ふと手にした「地域づくり」という冊子に特集記事として、政策観光と地域活性化に羽咋市の取り組みが載っていました。様々なメディアで取り上げられて、T氏の飽くなき野望!?は有名でしょうけれど、1・5次産業の市財がゼロ予算になっても、木村式の自然栽培農法と、小説の舞台を次の手として考えているとの表記に、驚くやら、この集落が小説の舞台となるように展開し、将来ドラマ化したいと願っている。。。に心が躍るやら。。。
こんなイマジネーションを湧かせるのも、神音カフェの存在感が大きく作用して、この集落と周りの人々の心を惹き付けて止まないのだと思います。T氏の人心誘致にまんまと載せられてしまいました。

奇跡のような、宿命のようなと書かれていますが、事実は小説よりも奇なり、ストーリーが浮かんでしまいます。飾らない毎日の営みを含めて、みんなが神音カフェに魅了されているのだと思います。

今年もどうぞ健康に留意なされて、お子さん達をふくいくと育てられながら、神音カフェをお続けくださいますよう、願っています。           yusuge
Posted by yusuge at 2011年01月14日 20:58
>yusugeさま

いつも暖かく気にかけてくださり本当に感謝しております。
『不惑』へもまだあと数年。。果たして自分はこの道をしっかりと歩むことができるのだろうか?
そして、孔子のように老いて行く程賢く自由になれるのだろうか。。

多くの人に見守られ、大事にして頂けると言うこの状況、振り返れば、私が30までを過ごした生き方と大きくシフトが変換していることを実感します。
この環境全てが私を激励し、「感性」を進まされるよう、成長できるよう仕向けられたのかもしれません。(それはまさに神のなされるガイダンス!)

どのような人でも、人に大事にされ、その存在を感謝されて生きられればきっと幸せ。

しかし、大概は与えられた環境に戸惑い続けたり、恨んだり僻んだり(人のせいにする)もしますね。

それがどれほど贅沢な悩みかということを思い知って、悪い言霊を吐かず、清清しくさわやかに生きる。そのように不惑を迎えたいものです。


御孫さんご誕生で、ますます輝いたエイジングを推し進めるyusugeさんに大いにあこがれます!!!
Posted by 農夫見習いパパ at 2011年01月15日 22:36
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