2010年07月14日

地域再生の行動3周年

菜園 027.jpg

移住者である僕に、あらゆる繋がりから外れてしまったような僕に、
この場所はコミュニティのあり方、人と自然の接点を気づかせて学ばせてくれて、そして生産の喜びを与えてくれた。

汲めども尽きることの無い魅力はもちろん自然のなせる業が中心だけれども、
この土地に代々暮らしてきた先祖たちの、土と水と空とのかかわりの蓄積こそが深い恵みをもたらしてくれているのだ。そこに人間の奥行きがある。


とはいえ時代の変化とともに流出して分散してしまったこの人と経済の繋がりがじわじわと消滅への道をたどっている、、


この土地に留めて、いや、取り戻して、なんとかこの魅力を守り伝えたい。
「神子の里」の創業はそんな地域の思いを表した、高齢化して疲弊した地域の「精一杯」の取り組みだった。
その事業も3周年。
当時の立ち上げは、神音カフェの開業と平行して同時進行だった為、多忙を極め、体調も大きく崩して、事故まで起こしてしまった。。。

開業しばらくは及ばずながら店長の職も任せていただいていたのだけど、如何せん、体はひとつ。
ここで無理をしては自分も続かないし、地域事業としての「人材育成」や「意識改革」の為の構造作りが急務であると意識し始め、今は取締役として組織作り、サービス内容の検討や農業法人としての基礎作りに取り掛かり始めた。

何故特に報酬も無い仕事をするのか?と、時々問われる。

けれど、僕のカフェの経営の本質はここにあって、「地域が生きて、そこに必要とされないかぎり商売は続かない」との思いが強いから。

開業準備中の10年の間、何度もカフェのブームや雑貨店のブーム、パンのブーム等を傍目にしながら、人気で継続発展する店もあるものの、多くのお店が廃業されたり、業態変更したりしていった。。
「何故続いていかないのか?」をいつも考えていた。


ここへきて、この3年の間、本当に多くのお客様にお越しいただき、そして共感していただいた。
「お金儲け」ははっきりと苦手だ。だけど、続くためには必要な投資というのも重々承知している。神子の里は精一杯だったけれどとても小さな、小さすぎるスタートだった。
だけど、それが自分たちの『身の丈』を常に教えてくれる。
神音カフェも同じく。

少しづつだけれど、土と一緒に歩む一歩一歩を。
時に無理をしてでも、長く繋がる取り組みを、町、コミュニティの本当の息吹を。

カフェがその一角で憩いと新しい夢への原動力を生み出す場になってくれれば嬉しい。
そう在れるようがんばっていきたい。

神子の里3周年.gif

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お知らせ

菅池町への移住の同士、made in nature の屋後さんは自然の力に魅せられて、その恵みを受け取りお客様にまっすぐ届ける人です。
http://ameblo.jp/madeinnature/

少しだけですが、メインの販売箇所となる「神子の里」の品揃えには及びませんが、同じ町内産のまさに「すぐそこの畑から届けられた野菜」を神音の野菜と一緒に販売します。
メニューの一部にも使っていますので、興味をもたれた方は是非お尋ね下さい。


今年はピクルス用のミニきゅうりや「カスタードホワイト」という滑らかで癖の無い使いやすい(作りやすい)ズッキーニも育てました。どちらも豊作でホクホクしています!
キュウリは取れたなりに、同じ菜園産のデイルなどのハーブを使って、ママがピクルスにしたものをカレーに添えてお出ししていますが、このまま豊作ならば少しお売りできるかもしれません。(すみません。。まだ未定です。。)
屋後さんの野菜のピクルスも食べたいので、リクエストしています♪

菜園 028.jpg
posted by 農夫見習いパパ at 23:31| Comment(2) | 農産直売 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
3周年おめでとうございます。菅池町のエコミュージアム的存在として農業から生まれた人の暮らしや歴史、生態性がもたらす社会・環境との関わりを発信し続けるコアコミュニティーの役割を更に果たされる事を期待します。失われつつあるものを取り戻すことは凄く大変なことで、いろんな真実が見えづらくなってしまいます。過疎集落は高齢者が多い分、知識と経験も非常に豊富な方が多いということですから、くらしの糧として見習、その魅力を伝え残していくべきなんでしょうね。
私達はその地域にあって主役でなく一人の中継者として積み重ねたものを次代にバトンを渡したいものですね。
Posted by ムコセ at 2010年07月22日 21:13
>ムコセさま
コメントいただきながらお返事が遅れてごめんなさい、、
いつもムコセさんの言葉に多くの共感と励ましをいただきます!
過疎高齢化地域の憂い(というか現実)は、取り組み始めは知らぬが仏でなんとか出来るといきまいてみたものの、実際住みついで時間を共有していくとその重みに時々へこたれそうになります。

でも、自分という人間が時間をかけてごくごくわずかでも中継できれば、、幸いとはこれですね。
この関わりをくれたこの土地に感謝しています。
へんな先入観に縛られない他人との繋がり。共生はいつの時代でも要のはずですよね。
それを失うがまま進む今の社会に恐ろしさを感じます。
Posted by 農夫見習いパパ at 2010年07月30日 14:30
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