2009年09月22日

神音の役割

僕のコーヒーの味づくりの最大のテーマは

「あかるく豊かなインパクトと舌や口に残らない綺麗なあと味、やわらかな陶酔へ繋がるようなさりげなくも深い印象」

焙煎を極めるなんて程遠く、修行も半ば、毎日試行錯誤だけれども、農作物としてのコーヒーの持ち味を出来る限り引き出して、抽出からお客様の目の前の一杯になるまで気を抜かない。
当たり前のことかも知れないけれど、すごく難しい。。


専門店はいろいろあれど、神音は「農家カフェ」としての役割を極めたい。
自家焙煎コーヒー豆の販売、それ自体一筋縄では行かないし、喫茶店として抽出を極めることも然り。
だけど、お客様のイメージすることはまさに十人十色。
「カフェ(kaffee)」と銘打ち、菜園とパンやケーキに取り組むのはその「お客様の幅」に添いたいから。

農家レストラン、パン屋さん、ケーキ屋さん、、はたまた野菜の直販。
全てを充実させお応え出来ればどんなにかいいだろうとは思う反面、
「自分達の気持ちを丁寧にこめられる量」
「作り置きしない、素材の鮮度を味わっていただく」
そんな「ものつくり」としての想いはやはり強く、量産や従業員を入れての事業の拡大は、気持ち的にも経営能力的(こっちのほうが大きい)にもかなわない。。。


全国の旅行雑誌にも紹介していただいたり、インターネットで見つけて下さったり、、最近は特に遠方よりお越しのお客様が増え、本当にうれしいやら申し訳ないやら。。


この土地に入り、町のおとうさんおかあさん達と一緒に草を刈り、土を起こし、種を蒔き、お宮さんでお祭りを重ねて、つくづくここに住める事を誇りに感じている。
そして、長靴にほっかむりで農作業の途中にコーヒーを飲みに来てくださるおばあちゃんたちが「昔は(冠婚葬祭、お祭りお祝い)よくそれぞれの家により集まっては食べ物や飲み物や囲炉裏を囲んではああでもないこうでもないと話したもんだけど、最近は全部セレモニーホールやら式場やらで大きな家が寂しい。ここ(神音)が出来てまた皆が寄れる場所が出来たし、外から若い人や賢い人がたくさんこられて、話すのも楽しい!」と重宝がられて。
「今日は東京ナンバーのお客さんこられ取ったね!すごいねぇ!ねぇ!」と満面で喜んでくれる。


その笑顔に触れたら、これは自分の経営の店なんだけれど、町に風を入れて賑わいをもたらす町の財産みたいに扱われて、大事にしていただいて。。自分はこのコミュニティに必要とされ、役割を果たせる立派な人間になりたい!と自然に思えてくる。

実際不慣れな山里暮らしに、町中が気遣いを下さっているから生きてゆけるのであって、はやく「親」に頼らないで「自立」しなきゃというプレッシャーでもあるのだけれど、これがまた心地よい。

過疎高齢化「限界集落」といわれるこの町はしかし、今都市部では見られなくなった「あこがれの大人」像がある。

そういう自立した山の男になりながら、むさくるしさをなるべく排除(苦笑)しつつ、カフェの自由で有益な役目を果たせるよう、じっくりと取り組みたい。
なんせ、ライフワークだから。今無理をして続かなければ意味がない。


引き続きお客様には気遣いを求め、(立地ももちろん)不便にお付き合いいただく事となるけれど御理解賜れますよう毎日精進していきます。
posted by 農夫見習いパパ at 12:24| Comment(0) | カフェ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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