2011年07月27日

それは思い入れ。

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あの場所と出会ってはや10年も経つ、自分よりも長生きの鉄筋鉄骨のアパートは、その古び具合も間取りも、そこから見下ろす空き地(菜園)の景色も、全てが穏やかで日当たりの良い思いで。
実際は大きなマンションの影もあり、畑は日陰気味だったのだがそれはさておき、その菜園の一部に作ったハーブと花のサークル。真ん中には瑠璃玉あざみ。周りには黒種草に桔梗、タイムにオレガノ、デージー、、
自分の性格が暑苦しいと判ってか、好きな花たちは涼やかで控えめなものが多い。

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あの場所と、その開拓(石だらけの空き地の除草と開墾)作業は、僕が色々と溜め込んだ余計なストレスを見事に吸い上げ昇華してくれた。
少しづつ耕作できる場所が出来て、雑草の優勢地帯との線引きの為に、開墾で出てきた丸石で縁取り、積み上げた石の隙間にハーブが茂る様子に、外国の庭を想像したりしながら、、

そこで出会った花たちへの思いは、それは「こだわり」ではなく「思い入れ」。
全く個人的な、しかし尊くいとおしい。
野菜づくりはその思い入れの一部。
『自給しよう』というタイギメイブンは人様に説明するときに判りやすいからという理由ですぐ口にするものの、実際にその根底を流れる「思い入れ」を説明することは出来ない。。

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「思い入れ」はモノやコト、そしてヒトに対して心のある領域に宿り、場所を占有する。
妙な拘りが人間関係に邪魔を働いたり、はたまた、お互いがその領域を重ねあっていたり。。
人間は『癖』があるから面白い。
作物も、花も『癖』が見えるととてもいとおしい。

とにかく、観察あるのみなのだけれど、そのジックリした時間を許してくれるのは、僕にとっては大方自然に属するものだったりする。
人間の世の忙しない速度に参ったら、迷わず自分だけの花壇を作るとよいだろう。

そして、その花壇がだんだん広がって、家を取り囲み、町にあふれ出し、他の人と緩やかに共有できたら。
そして、その花壇は、実は食べられるものが一杯だったなら。。

『農業』に抵抗感がある人も、この考えはなんとなく理解してもらえるかもしれない。


さて、然したる世話もせぬままに毎年大変美しい花をつける玄関先のアジサイ。
もう季節は終わったけれど、青から赤紫が同じ株の中で混ざる絶妙な雰囲気。
そして、秋に楽しんだはずのラズベリーが早くもたくさん実ってくれた。
残念ながら雨で結構やられてしまったけれど、ちゃんとしっかり甘くて、すっぱくて、美味しい。

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posted by 農夫見習いパパ at 22:38| Comment(4) | 営業のお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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