2011年01月28日

『神音カフェの自家焙煎コーヒーを発送致します!』

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神音カフェでは、原材料となるコーヒーチェリーが農産物である事を常に意識して、生産地での栽培情況・流通経路・保存状態など、十分に確認出来るもののみを
取り扱っております。
また、生鮮食品としても焙煎という加熱加工において、最良の状態でお召し上がり頂くために、少量づつこまめに行っております。






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【かのんブレンド】エチオピア/ブラジル/コロンビア  100g/¥450
神音カフェのイメージする「共有できる時間と空間」
まろやかで程よいボディ。やさしさの中に柑橘をおもわせる爽やかな香り。
すっきりした後口です。
ブラジルの軽く香ばしい香り、コロンビアのふくよかさをベースにエチオピア産モカの華やかで爽やかな香りが響きます。

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【よぼしブレンド】ドミニカ/ホンジュラス/エチオピア  100g/¥530
能登に伝わる縁(えにし)のスタイル「烏帽子(よぼし)親子」のやさしくも強かな、生き繋ぐ智恵をイメージしています。
軽やかで滑らかな舌触り、ドミニカのバランスの取れた味わいと、イエメンで伝統的に育てられるモカのフルーティーで複雑な香りが特徴です。

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【御陵山ブレンド】インドネシア/ルワンダ/コロンビア  100g/¥480
時の流れに残り伝えられてきたものごとに潜む真実の奥行きと人の夢、
語ったり感じたり、味わうことでまた新たないのちが吹き込まれる様子をイメージしています。
力強く華やかな香りとすっきりした苦味。
マンデリンとルワンダコーヒーの豊かな個性が絡み合い後口の甘みを生み出します。
ミルクとの相性もよく、アイスコーヒーでもまた違う魅力を発揮します。

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【やおろずブレンド】ジャマイカ/ブラジル/グアテマラ  100g/¥980
八百万の神、目には見えないけれどそこに確かに『在る』もの。人が口にするものひとつひとつに宿る奥行きをイメージしています。
「コーヒー」という香りのイメージの王道を行くバランスのとれた香りと、なめらかで余韻の深い味わいです。



自家焙煎コーヒーはブレンドを4種類ご用意しております。
店頭では100gから販売しておりますが、発送は200gから承ります。

ご注文はお電話、ファックス(0767−26−1128)
メール(kohu@p1.cnh.ne.jp)いずれでも可能です。
お名前、郵便番号、ご住所、お電話、商品名と量、豆or粉 をお知らせください。

焼き菓子のご用意がある時もあります(お問い合わせください)のであわせて如何ですか?
ギフトも承っておりますので、お気軽にご相談ください。

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posted by 農夫見習いパパ at 19:22| Comment(2) | 発送サービス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幻覚

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今はもう屋根から落ちた雪が作った山に遮られて見えないけれど、
厨房からの林の眺めは格別だ。

カフェの空間に『外国』を感じて下さるお客様は多いけれど、
自分にとっては最も日常を飛ばしてくれるのがこの窓からの四季の移ろいの様子だ。

木立の間を野生の動物が横切るのを夢想したり、
一面の白い雪が純白の砂浜と打ち寄せる波を思わせ、
潮騒と潮風の匂いまで感じられる。
まるでこの家とその周りの限られた空間が時空をこえて移動してゆくかの如き、
内面の、受け手の旅。

一つの点が全てであり、全ての点は一つである。
そんな、陰陽紋を彷彿とさせる在り様。

どれ程雪に埋もれようとも、この場所が好きで仕方ないと思えるのは、
そこここに生える木々を薪として、
体も心もいたわってくれるストーブの存在は大きい。

火があれば生きて行ける。

ストーブが体に伝える暖かさは、
陽だまりの、まるで太陽そのものの暖かさ。
肌をじりじりと温めるその感じと、真夏の浜辺のそれはそれ程遠いだろうか?
それは幻覚かもしれない。
posted by 農夫見習いパパ at 17:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

ゆきとこおりのせかい

このような分かり難く不便な場所に、不安な中初めて尋ねてくださるお客様、足繁く通って下さる常連様。。本当に有難く、嬉しい。
そうして、お客様と町の家族に支えられ、5年目を迎えられるその事に、本当に奇跡のような、宿命のような深い感動を日々受け取らせて頂いている。。。

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お客様より頂いた手作りのしめ飾り。古代米の稲穂がたわわに、橙の代わりのゆず(香橙)、紅白南天に、それぞれ豊穣と、花言葉の”健康美”、いかなる難をも転ずる(なんてん)が込められ、和とモダンさが上手に合わさった素敵な飾り。おかげさまで良いお正月を迎えられた。
ありがとうございます。


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お客様各位

今年もこの場所で、廻る自然と人の繋がりを一つ一つ大事にしながら、訪れる方の力になれるようなカフェを目指します。どうぞまたこの町に「還ってきて」下さい。いつでもお待ちしております。
                              
神音カフェ 店主


1月13日現在の町内の道の様子。

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市の管理に因る神音へ通じる道路は、頻繁には除雪されていないものの、ある程度溶けています。ただし、気温によっては凍結していますし、側溝が雪に埋もれていて見えない為脱輪の恐れはあります。
ご来店ご予定のお客様はくれぐれもお気をつけになり、ゆっくりお越しくださいますようお願い申し上げます。
なお、お電話いただけましたら、その都度道の状況をお伝えします。(平野部でぼちぼちでも、山間地は酷かったりもします)

『いのちからがら』お越しいただきますと、暖かいストーブの前を「貸切」にできますよ!?
ご来店心よりお待ちしております。


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平野部ではほとんど消えてしまった雪も、山間地の日陰や屋根雪、吹き溜まりにはどんどんと雪が積み重なってゆく。。
カフェ周りは集落の道路に面している為、雪を捨てる場所が無い。駐車スペースに次々流れ出す屋根雪を手作業でせっせと高く積み上げ、平面を確保。4年もやっていれば雪捌きも手馴れてくる。
とはいえ、雪が降るたびにカフェの入り口を「発掘」しないとお店があけられないのはつらい。。
そんな訳で、この冬には今まで作ったことの無かった雪避けを入り口前に設置。
 
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裏手の屋根かに「つらなるつらら」雪間の青空に綺麗に反射して吸い込まれるような美しさ。
子供達の手の届かないところだから、折り取られること無く見事に整列。
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薪のストーブは力強く、家中を、そこへ休む人を、人の間を暖める。
薪一本一本に感謝を込めながら、くべるその時の香りの気持ちの良い事。
時には香木のようなかぐわしい香りを立てる木も混ざっている。
けっして「煙い」「燻り臭い」ということは無く、その香りはまるで体を清めるかのよう。
時々空に飛ぶ灰も、掃除を思えば嫌なものだけど、掃除の機会を与えてくれる事は良いことではないのか。

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さて、真夏に「熱帯夜なんて一日もなかった」この菅池町、厳冬のさなか、店内スペース、住居スペース、すこしづつ進めた『隙間ふさぎ』と断熱。それが功を奏しているのか、はたまた、山暮らしに体がなれ、重ね着が上手になったのか?定かではないが、冷えて冷えて辛いということが無くなってきた。

灯油の消費も多いし、薪はガンガン贅沢にくべているし、エネルギーを使いすぎているなぁ、、とは反省しつつ、この快適さからはなかなか逃げられない。。せめて電気や水の消費を気遣いながら、燃料エネルギー使用を最小限に、効果を最大限に生かせるような、物理的に寒さを防ぐ空間作りをもっと工夫したい。

個人的には、現代工法の機密性の高い空間は確かに「寒い」「暑い」は緩和されるものの、長時間居ると体が「ボケ」てしまって、長期的には抵抗力の低下や運動の低下を招き生きる力が弱まるような「快適さの不自然」を感じる。

雪掻きや薪割りのせいだけではないと思うが、本当に風邪を引かなくなった。
お恥ずかしながら、食生活は乱れまくっているし、運動らしい運動もしていないけれど、抵抗力が上がっている気がする。。あ、でも子供達のリズムを意識しているので、勤め人をしていた昔若かりし頃、子供が一人だった頃は睡眠が乱れてたのに、睡眠の安定感は割りと高い気がする。
ちょっと辛い事はあっても、酷くなる前にリカバー出来る。
これは加齢による経験則なのかも知れないが、自分で自分の体をいたわる事が出来るのは良い事だろう。

子供がわらわらとい居る環境。
生活もなかなか大変だけど、
それを乗り越えられるように人間の体は出来ている。
リズムに逆らえば、全てにおいて負に飲まれる。
自然に生きることは、長期的な視点に立って、自分という『道具』を如何に上手に使いこなすかということを理解し、行動することから生まれるのではなかろうか。

昔の言葉に「分をわきまえよ」というものがあるが、
自分を知らないで、迷走する人は多い。
自分を知らない人を、自分を知らない人が左右する。そんな世の中。
こういう古く封建的な町は、知らないでは済まされない。
知るように、導く力があふれている。

僕はこの土地にへばりついて、子供達に恵まれて、ようやく自分の力の幅というものを知り始めたのかもしれない。


posted by 農夫見習いパパ at 18:39| Comment(2) | 営業のお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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