2007年05月30日

身の丈

実に多くの方々のお力をお借りしてなんとか菅池町神音カフェを続けていられる。
猫かぶりに聞こえるかもしれないけれど、本当に感謝。

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お知らせと予告


7月上旬にオープン予定の農産直売施設(株)神子の里の店長に就任したしました。
つきましては、近日中に菅池町神音カフェの営業を縮小致します。
具体的にはただ今調整中につき、また本ブログおよび、妻のブログにて随時お知らせさせて頂きます。

すでに「お気に入り♪」にして頂いているお客様、また、「一回行ってみなきゃ♪」と思って頂いているお客様、大変申し訳ありませんが、なにとぞご理解頂きますようお願い申し上げます。お越しいただく前にお店にお電話頂ければ幸いです。

0767-26-1128

なお、菅池町神音カフェにつきましては縮小こそすれ閉店は(意地でも)いたしませんのでご安心下さい(?)。ふと思い出して10年後にいらっしゃっても菅池町に神音カフェはございます。

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僕としては恥ずかしながら自分のイメージするものを実現してゆくのに最適なキャンバスを得られたという自己中心的な感覚が強くて「地域のため」とか「理想の集落営農目指して」というテーマを大きく掲げる勇気も実力もまだ全然足りないと思っている、、
道の駅ー農産直売設備としての「(株)神子の里」運営にあたっても、今の身の丈にあったていどの事しか出来ないと思われる。
けれど、ちいさいながらもその身の丈目一杯の仕事はつとめさせてもらうつもり。

なにごとも人が寄り合って意見し合えばまずはそれぞれの立場というものが先立つのが『しゃば(このあたりの方言で世間)』のならい。
けれど、個人個人の利害を超えてほんとうの地域作りが出来るまで頭をよせ、一肌も二肌も脱ぐ人が増えてくれば状況は面白い様に変わってゆく。
そして自分から動けず、否定的な(もしくは傍観的な)立ち位置に居た人も、現実の変化を目の当たりにすると気持ちが動いて来る。
気持ちを動かし、地域を動かす。

これもまたとても「たいそう」な事を言うようだけど、今目の前の現実に前向きに取り組み体を動かせる人はその苦労を喜びに変えられる人。

僕には与えられた現実を楽しむ事しか出来ない。
無責任な印象を持たれるかもしれないけれど、今、借り物の土地に居るこの僕にとって今後20年いや50年の「ぼくら家族の家」のありようを決める大事な取り組みと切り離せない。
つまり、たまたま自分の都合と地域の都合が重なった。それだけのことかもしれない。。


これは『縁』。

神が僕の感性を通してここへ導かれた。
かんたんに言えば、大きな力に流され生かされているだけ。

ふと岐阜の実家と、幼い頃よく父親に渓流釣りに伴われて行った山々の暖かい暗闇を思い出す。普遍的であり、遍在する神々の欠片をこの能登で感じとっている。
posted by 農夫見習いパパ at 22:30| Comment(6) | 農産直売 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

Enagy

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なにごともムキになりがちな僕。いいかげんにこなすくらいならまったく触れずにほおっておいてしまう。。ブログを作っておきながら全くアップしないなど、まさにその典型と言えよう。書き始めればうっとしいくらい書くのにね。


さてさて、、神音カフェはおかげさまで毎日賑やかに、満ち満ちた時間を重ねている。
今までお越しいただいた方、もうすでに何度も足を運んで頂いた方、本当にありがとうございます!
買いかぶるつもりは全くなかったし、自分でもこれほどのお客様に来て頂けるとは思っていなかった。広告らしい広告をどこにも出さず、ひっそりと始めたつもりだったのだけれど、新聞やテレビの影響というものの大きさに戸惑いつつ驚き、喜んで居る。

思えば『過疎集落に若い子育て世帯が入居してカフェをやる(予定)』という一文でまだ準備中のところへぽつぽつとお客さんがいらっしゃっていた2月後半。わざわざわかりにくくて看板もない所へ来て頂いてただ帰ってもらうのも心苦しく、保健所の認可が降りた3月1日(地域イベントの棚田のひな壇にもあわせて)にだましだまし開けてみたら、そっからノンストップ。。。

途中「わかりにくい!」「駐車場が狭い!」「看板出して!」とお叱りを受け続けながらもそれらの整備の為の時間も割けない程。。もちろん僕のいたらなさ、予測不足、勉強不足、経験不足、、などのいろいろな原因が大きいけれど、必死で取り組んでゆくその中でまさに「お客様に育てられて」店が出来てゆくのを感じた。


まだまだスタート地点にすぎないが、この土地の神聖なる空気と地域の皆さんの本当にまごころのこもった援助、どんどん増えてゆく、同士、友人(超歳の差!)、市役所の力強いサポート。エネルギーがどんどん流れ込んで来て、大きな力に支えられているのを強く感じる。

『地域の為』なんて大義名分を掲げてやっているわけではけしてなくて、この頂き物に感謝してこちらも出来る事、関われる事にお返ししてゆく。
すごく当たり前で気持ちのいい事。

神音カフェはこの土地「菅池町」の共有財産となり、羽咋市の、石川県の、日本の農村の、、どこにでもある忘れられかけている「たいせつなこと」をおもいだす小さなきっかけとなればうれしい。
posted by 農夫見習いパパ at 21:42| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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