2006年09月25日

ベジタブル&フルーツマイスター

農産物直売所『山彦』での商品は基本的に「米と野菜及びその加工品」である。『kanon kaffee 神音カフェ』のフードメニューは当然ここで売られる「土地の野菜」を基本に産み出される。

販売接客業がそこそこ長いとはいえ、生鮮農産物を扱うのは始めての事。好きが高じてやっている家庭菜園だって自己流。知識は偏っているし、その魅力を伝えて楽しんでもらうには当然力不足だと思う。
そこで、同業の方で意識の高い方々との交流を広め、より高い提案と楽しさを御提供出来るようにと「日本ベジタブル&フルーツマイスター協会」の『Jr.マイスター』コースを受講しはじめた。

http://www.vege-fru.com/

まだ3講座終了しただけで認定まで猛勉強あるのみだが、この講座が非常に面白い!「コミュニケーション」を基軸にして進められる内容は「野菜を知る」事からいかにして「良さ、素晴らしさといった魅力」を「客観的に的確に」伝えてゆくかをとても重視しているのだ。
比べるのもおかしいかもしれないが、コーヒーマイスターの講座の弱点をカバーしているとも言える。(最近は、コーヒーの伝え方の講習や勉強会が増加しており、よい傾向だと思う)

http://www.scaj.org/index.htm

やはり、自分がお客様にその商品の本当の魅力を伝える事が出来たらどんなに素晴らしいかと思うし、逆に、魅力の無い商品、欠点の多い商品は扱わないという明確なスタンスにもなる。

信用や信頼を得ると言う事は簡単な事ではないが、このベジタブル&フルーツマイスターの受講者が自ら運営するコミュニティーでは継続的に情報交換し、お互いを高めている。メンバーには生産者、主婦や栄養士など、必ずしも販売業の人間ばかりでは無いので「非営利的、相互学習的」空気が強いように思えるのもまたお客さんに「誠意」として伝われば嬉しい。

北陸のマイスターは100人を超えたらしいが、その活躍の場が分散してまだまとまりを見せていない。。が、今回の講座と平行して北陸のコミュニティーも発足する事になった。消費者の方のより身近に「よい野菜と果物」が伝わる橋渡しになりたい。
posted by 農夫見習いパパ at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 農産直売 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

Back ground music

音楽がもつ力というものを感じて、ゆえに音楽を愛してやまない人は実に多いと思う。その場にいる人を共に包み込み、高揚させ、また和ませもする。

僕自身、無類の音楽好きで、どんなジャンルであろうともとにかく音楽を純粋に愛する人には強い共感を覚えてしまう。好きが高じてレコード屋に就職したり、アマチュアバンドに興じたりしたくらいだし、いまだにその熱は冷める事が無い。

有線というものが嫌いだ。当然、ヒットチャートやランキングも馬鹿げていると思う。音楽販売業にいたからこそ感じた「商業的背景」のいやらしさや、したたかさ、本質を紛らす多くの広告手法など、、『音楽』が持つ芸術性や多様性を損ないかねない業界の在り方に疑問を感じている。

事実、かつてインディペンデントと言われた「零細/趣味的」音楽発信がいまやブランド化し、確固たる商業基盤を持ってしまった。
もはや「独立系」なる本来の意味は全くといっていい程失われている。それは芸術としての作品としての独創性、価値を損なう流れでもあるし、本当の意味でのマイノリティを排除してしまう恐れもある。(情報毒)

ただし、ここのところ台頭してきている「ネット配信」の中にはかつてのインディの精神を生かすものも出てきているし、i-tuneなどのライブラリ機能は音楽愛好家にとってとても好ましく、音楽をあまねく人が楽しむという有意義で大きな価値を産み出している。
求める人に、求めるものが行き渡る。しかも商業的かき混ぜ無しに。
(そこにもgoogleを指すような巨大ビジネスが背景にあるが、その有用性。使いこなす事が出来れば本当に意義深い発展と言えると思う)


僕の音楽の好みはおとなしい。(ト思う。)昔から同じ空間で友人たちと分かちあう音楽を好んできたから、友達や交流が広がる程に、多種多様なジャンルの音楽をセレクト出来るようになってきたと思う。
いわゆるBGM=Back ground musicとは、邪魔になってはいけないけれど、確かに響くべき音楽なのだ。有線などが垂れ流すノーフェイスセレクトはいわば「騒音」「雑音」にすぎず、仮に同じ音楽をかけたとしても意味合いが異なる。

音楽を選ぶ人が居てはじめて、その人の気持ちが入った空間になる。
つまり、その選者の顔が見えてこその空間音楽だと考えるのだ。

日本は食事やショッピングにも有線などの音楽の垂れ流し、混ざりあいが多く、音楽へのリスぺクトが低い国のように思える。携帯の着うたなど際たる例だ。コンビニでもテレビでも質の低い音楽が垂れ流され、市民も疑いなく受入れている。そこへ産まれるマーケットもまた罪深いものだと言っておこう。
音楽を選び、自分の為に聴く。仲間と楽しむ。空間を共有する。たいせつに。

posted by 農夫見習いパパ at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | カフェ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

cafe

kanon.cafemenu.jpg

『カフェ』と呼ばれるものが『喫茶店』を塗り替えて、風景の一部として定着してきた。『雑貨屋さん』『パン屋さん』『美容室』もそうだけど、こんなに出来てだいじょうぶなの?と思うくらいあちこちに、、そして関連の雑誌も多い。
それだけ注目が集まっていると言う事だが、その本当の役割を意識している所は意外に少ない気もする。
偉そうに言うのもなんだけれど、商売であるからには「お客さんの要望ありき」で成り立つのだから「あってもなくてもどっちでもいいもの」にならない様にしなければならない。「必要」と思って頂き、かつ「生活の一部」「地域の一部」にしっかりと成長していきたい。
、、と言う事はその地域で何が求められるのか?を知り、またどんな要望を汲み上げ実現出来るのか?が大切。つまり積極的なコミュニケーションや交流能力と柔軟な対応が求められるわけだ。

イタリアで感じた都市とカフェ(バール)の密接な関係。歴史と文化と人を交差させる「通り道」。
日本においては生活の中にコーヒーやパンが定着しつつあっても、国や地域独自の歴史と文化を繋いで深めるような公共の場はいまだ少ないと思う。
そういうものになじみや親しみがないのだ。
国民性というものももちろんあるし生活スタイルも違うけれど、国や自分の暮らす地域に誇りと愛を感じる為に、そんな場所がもっとあって良いと思う。日本らしい、独自の通り道をKanon Kaffeeで実現したい。
posted by 農夫見習いパパ at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | カフェ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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