2006年06月22日

オーガニック

3才になる息子、生まれてから2才くらいまでだっただろうか、、各種アレルギーが発症して辛かった。
子供のカラダのアンバランスの原因は親の食生活ではないか?と思う事もあったので、罪悪感と共に、自分もクリーンな状態を目指したいと強く思うようになった。
もともと僕の親が「化学調味料」「保存料」「着色料」のようなケミカルなものを嫌っている中で育ったので、それらを除去する生活はさして苦痛ではなかった。(今あらためて実家に帰ると、全然こだわりの無い食卓に少々驚くが、、)
子供のアレルギー反応食品を除去し、動物性の脂肪も相当落とし、野菜や油の類いは極力国産、オーガニック、低農薬を探した。
なかなか、不便である。そのころ家庭菜園もノって来ていてそこから無農薬、低肥料の野菜をとる事が出来はじめていたが、一般的な外食は殆どNG。
しかし、、限られた食の中からみえてきた『豊かさ』が確かにあった。
当たり前すぎて日本の殆どの家庭で失われつつある感覚ではないだろうか?
国産の大豆で味噌を仕込む。一年で消費する量をはかり、野菜を植え付ける。保存方法をいろいろ工夫する。畑でハーブを育てると、高いばかりで鮮度の低いスパイスを買わなくて本格的な欧風料理が楽しめる。季節を五感で感じながら健康である事に感謝できる。
「めんどくさい」どころか楽しいのだ。いや、楽しんで取り入れる事に成功したと言えるかも知れない。
世の中では今、オーガニックにヨガ、マクロビにエコ、ロハスという消費を求める声が高まりつつある。
しかし、考える根底に「消費」の仕組みを取り入れてみたい。
経済のしくみの中で『持続的』という項目を基本コンセプトとすると、どこかに負担をかけないで循環できるスタイルを追求出来そうな気がするからだ。
その昔、農村部にあった『ほんとうにゆたかなくらし』を夢見て。
posted by 農夫見習いパパ at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

熱量

garic.jpg

季節には路地であたりまえに採れる野菜も「抑制や促進栽培」で環境をつくり出し年中流通している。
しかし、誰もが知るように、季節外れの野菜に「旨味」は無い。
そしてもっと注意すべきは、その野菜がどこからどうやって運ばれてきたか?でもある。トラックで何10何100キロ、下手をすると地球のうらがわから来てることさえ。。
ということは、それだけ天然有限資源である石油を消費し、大気を汚染しつつそこまで辿りついた訳だ。それで値段が高いならともかく、とんでもなくディスカウントされていたりする。

いったい、その野菜を作った農家は幾らの現金収入を得ているのだろう?
1個二足三文で、大事に育てた野菜を売るのはどんな気分なのか?
生活の為?そして、『流通』と言う名の支配者が商品価値を勝手に決め、売り物にならないものは廃棄されてしまったりも。。まるで奴隷制度。
はっきり言って、それを意識もせず消費し続ける消費者も共犯である。
市場が潤う事で、醜く肥えてゆくのは一部の者のみ。
、、きっと一番怖いのは、カラダとココロを育てる『食』をどんどん「モノ化」していって、文化や知恵を破壊してしまう事。


『フードマイルを縮めよう!』という運動がある。なるべく近くで作られた食物を選んで口にするという事。マイルゼロは自給自足。歩きや、自転車、その他環境に優しい運搬手段をとれば、なお好いが、現実ではまだ理想論だろう。
posted by 農夫見習いパパ at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

菜園

家庭菜園をして5年めになる。「自給するんだ!」なんて意気込みばかりの1〜2年めでも、上手くいかなくてもただ収穫があるだけでも純粋に喜べた。今でもけして上手には出来ないが、農作物を『観る』つねに心にあり、気にかけ、必要な手入れをする。そんな事が少しは体得出来て、リラックスして取り組めるようになった。
サービス業に勤めながらの管理なのでどうしても「週末農」になりがち。かつ、時期を微妙に外してしまうのを仕事のせい(苦笑)にしてみたり。。
とはいえ、住まいの裏が菜園で(同じ大家所有の空き地を借りて)2階のベランダからいつでも俯瞰できるというのはある意味これ以上の贅沢はないだろう。。
なんせ、たべごろの農作物を目で確認してからピンポイントで収穫できるし、雑草のコントロールもがむしゃらにしなくてもいい。
今後別の土地で菜園をするにしても「俯瞰」できるロケーションを夢みてる。

もともと美術の勉強をし、無類の『ものつくり』愛好者である僕。
畑のレイアウトはおのずと庭園調となり、見た目にも美しい、多品目/必要最少量の作付けと、ハーブやら果樹やら、畑開墾で無数に現れた丸石の敷き詰め方に、並べ方。パーマカルチャーはどうも外国産な気がして、「ちいさな里山箱庭畑」を目指している。
jyaga.jpgmuginoho1.jpgsaien3.jpg
posted by 農夫見習いパパ at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 菜園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

神のおと

kanon cafe-2.jpg

2007年6月。石川県羽咋市神子原(ミコハラ)地区。農産直売を主軸とした施設がオープンする。僕が販売管理、施設管理全般をまとめ、販売所を魅力あふれる人の集まる場所にすべく、企画することになった。
販売所の一角、kanon cafeは土地の素材を使った軽い食べ物も出す交流の場。『農』と『文化』を繋ぎ、土地の力を盛り上げ、100年200年先をみわたす。生産者と消費者が直にふれあう。たいせつに食物をいただく。環境を考え、今出来る事からとりかかる。当たり前の事をもっと発信する事がテーマになる。

音楽に関わる仕事3年、コーヒー専門店での修行5年。
一貫して「販売のよろこび」「つくるよろこび」「つたわるよろこび」があった。多くの人が集まり交流する空間を提供し、いわば通訳の役目を果し、価値のあるものを求めるひとにちゃんと手渡す。
作り手は誇りとよろこびを得る。買い手も感謝とよろこびを得る。
ほんとうの共生と、意識の変革がこれからの課題である。

ちいさな音に耳を澄ますと、心があらわれるような、目の醒めるような気持ちになる事がある。それは、色やにおい、人との関わりでもある。
自分が今おかれている環境、押しながされていく毎日に、ちいさな疑問。
「やおろずの神」が知らせてくれる、貴重なきっかけ。
日本のこころは、どこにある?

mikohara1/web.jpg
posted by 農夫見習いパパ at 14:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。